記憶を書き換える――。SF映画のような話が、動物実験で可能になった。「記憶」は、脳の中で何らかの変化が起こり、維持されることだ。古くからあるこの概念が、神経細胞の活動を操作する技術が進歩して実証された。偽の記憶作りや記憶を消す実験がなされている。記憶の実態解明が進む。

 えさを見つけた場所、襲われた敵の姿、早く逃げるための体の動かし方……。生物は生き延びるために、遭遇する出来事に機敏に対応し、そうして学んだ情報を次に必要な時に再び取り出せる状態で維持しておく。この過程が、記憶の本質だ。

 記憶は脳にたまるとギリシャ時代から考えられていた。いまは、脳内に神経細胞のネットワークがあって、情報が伝わることがわかっている。現代の研究者たちは、神経細胞のつなぎ目の性質が変化し、情報の伝わりやすさが変わることで記憶ができると考える。何らかの刺激が入った時に、その神経回路が素早く同じパターンの活動をすることが、記憶を思い出すことに当たるというのだ。

 最近、脳の解析技術が急速に進歩し、格段に高い精度で脳の中が見えるようになってきた。膨大な数の神経細胞のうち、記憶を作る過程でどの細胞が使われたかがわかるようになり、その細胞が作る神経回路を操作できるようになった。

 複雑な記憶の仕組みの解明が進めば、アルツハイマー病や、つらい記憶がフラッシュバックするなどで苦しむ心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、記憶にかかわる病気の治療法の開発につながる可能性もある。

●光で細胞を刺激

 富山大の井ノ口馨教授らのグループは、別々に起きた二つの記憶を人工的に結びつけ、一つの「偽の記憶」をマウスに作らせることに成功した。

 マウスを丸い箱に入れて遊ばせ、丸箱にいた記憶を作る。次に、別の場所で弱い電気ショックを与えて怖い経験をさせる。その時、すぐに移動させてショックを受けた場所は記憶させないようにする。